日記やら二次創作やら、つれづれと。
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(戦国BASARA短編ー武田家)
「人って勝手な生き物よね」
彼女はよくそう言って、顔をしかめた。
「人って勝手な生き物よね」
彼女はよくそう言って、顔をしかめた。
蛙鳴蝉噪
不規則な音が染み渡る。
静かさを保っていなければ消え失せてしまうようなその音は、空から大地へ響き、千里にも及ぶような気さえする。
悠久を統べるかのような落ち着き払った雨は、ただただ流れ行く。
乱世の中、戦のない今日を祝福するかのように、雨は甲斐の国に降り注いでいた。
その早朝。
「どぉいうことじゃぁぁぁぁあああ!」
くそやかましいほどの声が、そのすべてを打ち消した。
「で、どういうことなのじゃ」
どどん、という効果音が出てきそうなほど、どんと構えた巨体は開口一番のたもうた。
それが先ほど城内に響き渡った怒号の主、武田信玄。
堂々とした威厳を全身に纏い、顔もいかつい。さすが戦国武将として名高い彼なのだが、その信玄に詰め寄られ、糾弾まがいをされているのは、
「あのさ、いきなり俺なの? 早くも俺の立ち位置決定?」
武田、というよりも、武田に仕える武家に仕える忍、猿飛佐助。
よって信玄も佐助の上司。しかも佐助の直の上司が信玄の人柄に惚れ込んでいるせいもあって、佐助は一切逆らえず信玄の前で正座させられていた。
信玄に直接対面していることを見れば、佐助はなかなかに名の知れ渡った優秀な忍であるのだが、もはや佐助は、俺は子どもか、と顔をしかめ部下にあるまじき、てか切腹ものの態度でいる。敬語使えよ。
しかし、信玄がまったく動じていないのは器の大きさからなのか、佐助のぼやきなどまるで聞こえていなかったかのように話を切り出した。
「忍のお前なら、すでに聞いているであろう。木佐のことじゃ」
不規則な音が染み渡る。
静かさを保っていなければ消え失せてしまうようなその音は、空から大地へ響き、千里にも及ぶような気さえする。
悠久を統べるかのような落ち着き払った雨は、ただただ流れ行く。
乱世の中、戦のない今日を祝福するかのように、雨は甲斐の国に降り注いでいた。
その早朝。
「どぉいうことじゃぁぁぁぁあああ!」
くそやかましいほどの声が、そのすべてを打ち消した。
「で、どういうことなのじゃ」
どどん、という効果音が出てきそうなほど、どんと構えた巨体は開口一番のたもうた。
それが先ほど城内に響き渡った怒号の主、武田信玄。
堂々とした威厳を全身に纏い、顔もいかつい。さすが戦国武将として名高い彼なのだが、その信玄に詰め寄られ、糾弾まがいをされているのは、
「あのさ、いきなり俺なの? 早くも俺の立ち位置決定?」
武田、というよりも、武田に仕える武家に仕える忍、猿飛佐助。
よって信玄も佐助の上司。しかも佐助の直の上司が信玄の人柄に惚れ込んでいるせいもあって、佐助は一切逆らえず信玄の前で正座させられていた。
信玄に直接対面していることを見れば、佐助はなかなかに名の知れ渡った優秀な忍であるのだが、もはや佐助は、俺は子どもか、と顔をしかめ部下にあるまじき、てか切腹ものの態度でいる。敬語使えよ。
しかし、信玄がまったく動じていないのは器の大きさからなのか、佐助のぼやきなどまるで聞こえていなかったかのように話を切り出した。
「忍のお前なら、すでに聞いているであろう。木佐のことじゃ」
「あー……」
まるでやる気のなかった佐助の眉が細まる。
信玄の真剣な表情と声、そして木佐という名前から状況を理解し、その上で頭をかいた佐助。
佐助の出すぎすぎすした空気をものともせずに中和する信玄、というありふれた絵面から、要領の得ない、どこかぎこちない雰囲気に変わる。
信玄も佐助から目線を逸らし、ため息をついた。
「スンマセン、大将。わざわざ来てもらったってのに」
ざ、と素早く佐助は頭を下げる。この辺の潔さは忍故だろうか。言葉も真剣である。
今回客人として信玄も招いている以上、当然と言えば当然だが。
「よい。顔を上げよ」
佐助が顔を上げた先は、子どもの悪戯を許してやろうか、というような顔だった。
「まったく、しょうがないやつじゃ」
状況とは裏腹に、信玄はからりと笑う。
この先の展開が読めている佐助は、あばたもえくぼとか言うんじゃないだろうな、と内心悪態をついたが。
「して、佐助! 昨今は戦もなく城下も平穏ではあるが、この通りの雨じゃ。 木佐にもしものことがないとも限らん」
「はいはい、わかってますよ。探しに行けって言うんでしょ」
ため息混じりに言い、佐助は立ち上がる。やはりこうなった。
佐助にとって、 木佐は確かにかわいい妹のような存在だが、どうにも騒動を起こしてしまう彼女には手を焼いていた。そして今日も。
彼女がいなくなってしまった時からわかっていた展開であり、佐助も心配していないわけではない。
「それはいいんですけど。……大将」
探しに行くこと自体に不満はない。
ただ、
「旦那にはこのこと……」
旦那と呼ぶ佐助直の上司。その人を思い浮かべては、気が重くなるのだ。
まさか、一緒に探しに行くなんて言おうものなら……
「おう! 幸村なら先ほど厠で会うてな! このことを話したら早々にすっ飛んで行きおったぞ!」
「ちょ、ええええええ!」
何故か嬉しそうに言う信玄に、佐助は絶叫した。
内密に、と告げようとした矢先、すでに知れていたなど。
「大将……先月の木佐家出事件の折、一人で探しに行った旦那が迷子になったことをお忘れですか……」
ちなみに木佐はその時すでに見つかっており、その後に佐助が探しに行く、という二度手間になった。
あの時の様子を安易に想像できた佐助は、信玄を恨めしそうな目で睨む。
「……うむ。そういえばそんなこともあったのう」
「あったのうって、あのねえ……」
がっくりうなだれた佐助を尻目に、遠い目であらぬ方向を見やる信玄。それはまるで、親離れしていく子を思うような。
「あぁもう! とにかく行ってきます!」
いつまでもここにいても仕方がない、と佐助は颯爽と部屋から飛び出していく。
「土産待っておるぞ!」
最後に届いた言葉は、無視することにした。
ざく、ざく、ざく、
足音は一つ。
雨音に紛れるように、土を踏む音。
周囲はどこか寒々しく、気温が低いというよりは、背筋が凍るような異様な空気。
時折吹く生暖かい風に触れた肌が、そのたびに緊張を生んで。
『雨の日の森の中は、気をつけなきゃダメだよ』
そんななんでもないような言葉が、脳内を反芻して離れない。
考えてはならない。
そう考えるたびに、次の言葉を思い出して。
『特に、一人の時は、いつの間にか後ろに……』
ひたすら前へ向かっていた足が、止まる。
研ぎ澄まされた耳は、しっかりと捕らえていた。
自らの足音に重なるように現れた、もう一つの足音を。
逡巡。
浮かぶのは、
『後ろに、幽霊が憑いて来ているよ』
同時に背後に現れた異様な気配。
ぞわ、と瞬時に毛が逆立った。
反射的に振り向いて―――
―――うぎゃああああぁぁぁぁぁっっ! しっ、しかってくだされぇぇぇええええ!
そして、唐突に巻き起こった悲鳴に、二人同時に顔を上げた。
「……旦那ってば、意外と近くにいるみたいじゃん。感心、感心。この分だと前みたいに探し回らなくても済みそうだ、っと」
一人は、満足そうに笑みを浮かべた佐助。
ざわりとなびいた木の上で、片手に持つ等身大の人形を持て余している。
「それにしても、よく出来てるねえ、コレ。もしかして最近城に遊びに来なかったのは、コレを作ってたから、とか?」
佐助は人形から手を放すが、それはぶらん、と宙に浮いた。
佐助が手を動かすたびに、人形は動く。少し大きすぎるが、あやつり人形だった。
精巧とはいえない人形で、職人が作ったものとはほど遠い。しかし、はっきりと目的を持っていることは丸わかりだ。
人形は、はっきり言って悪趣味だ。人型をしているが、気の動転した人間ならば幽霊に間違えてもしようがないほど。作り方の乱雑さが、またそれをあおっていた。
そして、それを作った当人は、もちろんこの場にいるもう一人。
佐助の言葉は相変わらず確信的だ、と顔をしかめている少女―――木佐。
無論、それが図星であるからこその反応なのだろうが。
「あ、壊さないでね、ソレ。もうちょっと改良して、今度はお館様に試すんだから」
「旦那で成功したからって……とりあえずその、してやった、っていう握りこぶしはしまいなさい」
仮にもあの人、城主なんだから、と佐助の言葉は続く。
木佐はといえば、そういえば、という面持ちで手をぱたぱたと振った。あまりにも城主らしくないその人を思い返してか、微笑む。
周りは雨で、汚れた土の中から生え出た木の根元に座っているというのに、 木佐はそれだけで笑顔になれる。
「―――で、何があったの、木佐?」
急に、しかもこんな日にいなくなったのに、木佐は笑顔だ。
だからきっと、またこの子は悩んでいるんだろう。
「佐助、やっぱりオカンみたいだよ」
「誰のせいだと思ってんの……」
「幸村」
「いや、当たりだけど……」
もはや言われ慣れた佐助は呆れ返るだけだった。佐助がオカンになってしまった理由に木佐自身も絡んでいないとは言い切れず、佐助はかなり釈然としていないが。
そんな冗談を挟んで、
「人って勝手な生き物よね」
木佐は言う。
「おかしな話だと思わない?」
人形を木に引っ掛け、佐助はしゃがみ込んだ。
木佐の悩みは、いつもどこか哲学のような、理屈の裏返しのようなもので、いつも返答に困る。
「人が勝手に決めた周期で私が生まれてからの周期を決めて、そのたびに誕生日だなんて。それに、誕生日にはみんなしてお祝いごと。気を使ったり物を贈ったり。それが嬉しくないわけじゃないけれど」
そして今日もやはり、
「誰も、私がここに存在した時間を折り返すことなんか出来ないはずなのに」
……返答に困る。
こういう時は、頭ではわかっているつもりだが、再認識させられる。
佐助自身が見ている世界と熱血上司が見ている世界はまったく違うだろうな、とは常に思うが、木佐とはまた別の世界がある、と。
忍の自分と、熱血上司、そして木佐姫の世界。
「……まぁ、誕生日なんてモンは形式だけのもので、一年に一度だけ、なんらかの形で祝ったり感謝したりしたかったんじゃないか、って月並みな意見もあるけど」
言いながら、自分でも月並みなことを言っていると思っていた。もしくは理屈。
そしてやはり、
木佐は動かなかった。
彼女が欲している答えは、もっと違う場所にある。
わかってはいるが、木佐の悩みを自分では解決できない。言葉だけならいくらでも渡せるが、そうではない。
仕方がないことだが、やはり物悲さがあった。忍が感慨を覚えてどうするよ、とも思うが、
まるでそれを許された身であるようなことを言う人物がいることに、苦笑した。
木佐を見つけてこの木に降りてから一度も見ずにいた光景を、見下ろす。
自分を誰よりも信頼してくれる上司の姿が、そこにあった。
「……木佐殿ー!」
勘を頼りに突き進んでいたが、珍しく正解だったようだ。
『“ゆ”の付く不吉なモノ』に遭遇したり、落とし穴に落ちたり、といろいろあったが、とにかく辿り着いた。
真田幸村は、 望月木佐の元に。
慌てて駆け寄ってみるが、木佐の側には傘一つ見当たらない。見れば、着物はすでに雨や泥で汚れていた。
「木佐殿! 無事か!? 泥だらけになっておるぞ!」
「幸村よりはマシだって」
口から飛び出た言葉だったが、木佐に指をさされて気が付く。比べれば、木佐よりも幸村の方が泥だらけだった。
そういえば驚いた拍子に転んだことが何度かあったな、と今さらながらに思い出した。
「俺はなんともない」
にこ、と幸村は笑って言う。実際、日常から信玄との親睦を深めているとこのぐらいの格好にはなるので、まったく気にすることがない。洗濯を頼む時に、いつもの小言を食らうかもしれないが。
「そっか。それは良かった」
ふわり、と微笑まれ、幸村は代わりに笑みが引っ込んだ。
「……何かあったのか?」
きょとん、とした顔の幸村と、同じ表情になった木佐。
幸村はすぐに真剣な表情になり、木佐を見つめる。木佐の笑みは、違和感をそのまま表した。
木佐は冷や汗を流し、目を泳がせ、しばし腕を組んで考えたと思ったら、舌を出して苦笑した。
話そうか迷っているのだろうが、すでに幸村は泥の上だろうがかまわず木佐の目の前で座り込んでいた。完全に聞く体制である。名高い武将が捨てられた姫にここまでするのは、幸村ぐらいではなかろうか。
さすがに木佐も観念して、幸村と同じように座る。……もっとも、幸村はあぐらで木佐は正座だが。
そのすぐ後に、口を開いた。
「……幸村は、生まれてから今までの記憶を全部覚えていることが出来ると思う?」
「?……どういうことだ?」
「えーっと、つまり……おやつ! 三時のおやつに何を食べたか、どれくらい前まで覚えていられる?」
「一週間ぐらい……であろうか」
「だよねぇ」
幸村が言われて思い出せたのは、本当に一週間前の大福まで。その前はほうとう、饅頭、羊羹、団子と続き、昨日は佐助不在のため抜きだった。実際、一週間も覚えていられればかなり記憶力は良い方だろうが。
そういえば今日のおやつはなんであろうか、とお土産を持った佐助の姿を思い浮かべたのだが、
「忘れちゃうのにね……」
その木佐の言葉が、妙に耳についた。
木佐はどこか遠くを見ているようで。
だからというわけではないけれど、
ずっと見ていた目の前の手のひら。
流れ落ちる水。
置いていかれてしまったことを、こんなにも強く思い出してしまったから。
だから、
「忘れないこともあるぞ」
当たり前のように言う幸村の言葉は、とてもありきたりだったけれど、
「俺がお館様に出会った時のことを、佐助に出会った時のことを、木佐殿に出会った時のことを、元服の時を、初陣の日を、そして、お館様が生まれた日と佐助が生まれた日と俺が生まれた日と、
木佐殿が生まれた日を」
見ていた昔の風景から、引き戻される。
幸村の存在は、とても近くて、
「……それは、毎年誕生日が来るから?」
「それもあるが、」
過去に捕らわれそうな心を、どうか、
「俺はいつでも、木佐殿が生まれてきてくれたことに感謝しているからな」
―――繋ぎとめて。
「だから、そう簡単には忘れんのだ」
そう言って笑う幸村は、私の悩みなんか知らないはずなのに。
幸村の言葉は、私の理屈をくつがえす力なんてないのに。
まあ、いっか。……なんて。
木佐自身にもわかるほど明確に、強張っていた顔が緩んでいく。
それは決して、幸村につられたからという理由だけじゃない。先ほどまで頭に張り付いて離れなかったことが、薄れていた証だった。
「……はっ!」
「え?」
それから唐突に、幸村は目を見開いて立ち上がった。
「わ、忘れていた!」
「何を」
やたら慌てた様子の幸村を、いつもの冷静な木佐が見上げた。
「勝負の最中だったのだ! お館様と佐助と俺の内、誰が先に迷子になっている木佐殿を城内まで送り届けられるか!」
「は?」
勝負。しかも内容が、迷子になっている木佐を城内へ。
まず木佐は迷子になった覚えはないし、その上どうして勝負なんてことになっているのか。
想像は付かないわけでもないが、木佐は念のため問いかける。
「……それ、誰が言い出したの?」
返ってきた答えは読み通り、
「お館様でござる!」
豪快に笑う姿が浮かぶあのお人。
はー……と木佐はため息をついた。
とても心の深い人で、きっと心配してくれているだろうとは思っていたが……
「こんな手で来るとは……」
ぽつり、とジト目で呟く。
「急いで帰らねば!」
一瞬にして信玄の腹を読んだ木佐だが、対して幸村は信玄の言ったことを心の底から信じきっている。
そして幸村は何より、勝負事が大好きなのだ。
ざ、と大きな手のひらが木佐の前に出された。
木佐の手を引いてくれるだろう、この手。
ずっと見ていた目の前の手のひら。
流れ落ちる水。残ったのは自分の手のひら。
いつ死ぬかもわからなかったあの頃とは違う。
これが例え嵐の前の静けさだったとしても。
今この手にあるのは、温かい手―――
その木佐の手を、真上から伸びた手がつかんだ。
「はれ?」
それはもちろん幸村の手ではなく、その手を辿った先には、
「木佐、いっただき~」
木の枝からぶら下がった佐助の姿が。
「佐助!?」
「さす……うぎゃあ!」
幸村が叫んだ瞬間、すでに木佐は佐助に抱きかかえられていた。
目の前の景色は、次々と流れていく。
「ちょ、私、こういうの苦手なんだって―――!」
木佐は見事なまでの早業で、真田忍隊長猿飛佐助に連れられてしまっていた。
遠くで幸村の声が聞こえていた。
理屈なんてものは、いくらでも立つ言い訳みたいなものだ。
だからこそ、佐助にとって理屈はそれほど役に立たない。
忍の仕事を深く問うことは、自滅に近いものだと佐助は知っていたから。
けれど、それが木佐にも相当するのかは別問題だ。
一族を根絶やしにされ、運命の間違いから生き残ってしまった姫が何を考えて生きているのか。
佐助が抱えるその木佐姫は、めまぐるしく変わる景色に目を回している。
木佐のその思いをわかるはずもないし、わかろうとしてはならない。佐助にとって、それは戒めのようなものだった。
さすがにそこまで関わることを、忍は許されていない、と。
話せば易々と許してしまいそうな上司には、決して言わないけれど。
とりあえずその熱血上司に追いつかれると厄介だが、さすがに少しかわいそうになったので佐助は足の速さを緩めた。実際今までいた場所は、城からそう離れていない距離だったので、後少し歩けば城へ着く。
「さ、佐助……」
叫びすぎて疲れたのか、木佐は息も絶え絶えに言う。
「いきなり出てきたってことは……あの嘘と勝負、佐助は知らなかったんじゃないの……?」
腰に手を回して抱えこんでいるため、木佐は無理矢理顔を上げて佐助の顔を見る形になる。少し恨めしそうな表情だ。
「ご名答。でも、こうなったら便乗するのも手かな~なんて」
「だからって私を抱えて疾走するのは止めてもらえる……?」
「まあまあ」
いつもの軽口を叩いて、佐助は歩く。
もちろん木佐が怖がるのはわかっていたが、佐助はあえてそれをした。それは佐助にとって、至極忍として当然でもっとも遠回しな気の使い方だったが、まだ腕の中に収まったままの木佐はそれを知ってか知らずか、佐助の名を呼んだ。
「……何?」
手も足もぶら下げたままなのに、器用に前を見ている木佐。
「佐助の言ったこと、なんとなく納得した」
何が、とは言わない。佐助はすでに理解している。
「だって、確かに誕生日だって銘打って、ここぞとばかりに感謝の気持ちを表したい……って気持ちはわかるもの」
そう言って、木佐は悪戯っぽく笑った。
その笑みは佐助に向けられていて、
「だから、ありがとうはとっておくわ、佐助。もちろん、幸村にも言わないけど」
そう。
彼女はやはり、自分と同じひねくれ者で、
だから自分はこの子にはどうしても甘くなってしまうんだろうな。
「照れなくてもいいのに~。ありがとうの抱擁はいつでも受付中―――痛っ!」
たとえ次の瞬間、肘撃ちが脇腹に直撃しても。
佐助と軽口を交わしながら歩けば、すぐに城の門へと辿り着いた。
すでに木佐は佐助の腕から解放されており、地を踏んで歩いていた。
「まぁなんにしても、今回の勝負は俺様の大勝利、ってことだよね」
後十数歩のところまで来て、佐助は言う。
もはや上機嫌で大得意になっている佐助を見て、木佐は首をかしげた。
「この勝負って、勝利者に褒美とかあるの? 特別恩賞とか?」
そもそもこの勝負は信玄様の嘘から始まったもので、元はただの木佐失踪事件。佐助は木佐の我儘と、言っちゃあ悪いが信玄の道楽に付き合わされただけであり、喜ぶ要因など見当たらない。
ならば、勝負の方に裏でもあるのだろうか、と木佐は言ったが、
「褒美ねえ……ないんじゃない?」
「は?」
存外な言葉に、木佐は間の抜けた声を出した。
それなのに何故、と疑問が降るが、
「佐助って、実は負けず嫌い?」
「いや、ていうよりは……」
それから佐助は、信玄と幸村の破天荒ぶりから自らに訪れる災難でも思い浮かべたのか、
「これで俺が勝てば、旦那と大将を大人しくさせる口実がいくつか思い浮かぶな、ってね……」
なんとも黒い笑みを浮かべた。
木佐は冷静にそれを見ながら、あの上司ありてこの部下あり、などと失礼なことを考えていたのだが。
そこに、
「甘い! 甘いぞ、佐助ぇぇぇええええ!」
耳をつんざくような大声。
もはや聞きなれたその声は、頭上から。
徐々に大きくなっていく空気の摩擦音。
見上げれば、信玄。
ずどぉぉぉん!
門前に、舞い降りた。
呆然とその様子を見やって、木佐はしばらくひきつった顔を元に戻すことは出来なかった。佐助のため息が聞こえる。
その間にも、信玄は豪快な笑い声を上げ、
「こうなることはわかっておったわ! だからこそ、儂が勝つために仕掛けた勝負じゃからな!」
「汚っ!」
卑怯極まりない発言に佐助は抗議するが、まったく悪びれた様子のない信玄には通じないようだ。信玄はいつの間にか木佐の隣まで来て、手を取っていた。
「さて、行こうぞ、木佐」
「へ! あ、えっと……」
そこでようやく我に返った木佐だが、信玄が木佐を連れて行く前に、
「抜け駆けは許しませぬぞ、お館様ぁぁぁああああ!」
もう一人、空から降ってきた。
こんなことができるのは、言わずと知れた幸村しかいない。、
「ちょ、旦那! さっきまであっちにいたでしょーがっ! なんで上からなわけ!?」
何かツッコむところがズレているような気がしたが、佐助のツッコミももっともなので木佐は黙っている。まずどうやってあんな上空に行ったかだろうよ。
「お館様の真似をしただけのこと! それよりも、この勝負! いかにお館様とて譲れませんぞ!」
「むう! よく言うた! だがこの勝負には、敗者に一つだけなんでも言うことを聞かせられるという褒美も兼ねておる! そもそも、儂に勝てると思っておるのか!」
「確かに某だけではお館様に敵うはずもない……だが! 某には佐助がいるでござる!」
「いや、俺手伝わないよ」
『何故だ!?』
「当たり前でしょーがっ! 今回は俺も選手なの! ていうかなんで二人してびっくりしてんのさ!」
始まった喧騒。三つ巴とはまさしくこのこと。
とりあえずまだ手は出ていないが、このままだと、いつ信玄がうちわを、幸村が団子の串を、佐助が円盤を持ち出すかわからない。
この騒動を収めるには、方法は一つしかない。
木佐は、急ぎ歩を進めた。
このままだと勝負のせいで三人の関係にひびが入ってしまうかも―――
そんな心配は微塵もせずに、
「勝者、決定―――!」
人差し指を立てた右腕を上げて、そう叫んだ。
さすがに三人ともの声が止む。
三人の視線が集まった人物―――木佐はただ、もう一度繰り返した。
「決・定」
にやりと笑った木佐が立っているのは、門の内側。
木佐は城内にいる。
「この場合、勝者は私ですよね、信玄様?」
木佐は自ら城内に戻った。 木佐の考えでは、もちろん勝者は木佐自身。
もちろん、木佐が一番気にしていた褒美がもらえるのは、木佐だ。
にやりと笑った木佐を見て、信玄はまた豪快に笑い、言った。
「これはしてやられたのう! 勝者は木佐じゃ!」
「やったっ!」
木佐は信玄からそう認められると、さっさと城内へと入っていった。
幸村がうなだれ、佐助はやれやれと肩をすくめた。
やっぱり人は勝手な生き物だ。
さっきまであんなに気が沈んでいたのに、今は楽しくてしょうがない。
だから、私は生きているのかもしれない。
でもそれは、やっぱりみんなのおかげであって、
ありがとう、と、
……言うのはやっぱまた今度にしよ。
―――その後、
騒動を起こしてしまったことを心の中で詫びて
「さー! 今日から毎日、私の誕生日のお祝いだ! みんな、私に楽させてくれー!」
『えええええええ!』
信玄にだけはこっそり、
「ありがとうございました、信玄様」
御礼を言った。
終。
まるでやる気のなかった佐助の眉が細まる。
信玄の真剣な表情と声、そして木佐という名前から状況を理解し、その上で頭をかいた佐助。
佐助の出すぎすぎすした空気をものともせずに中和する信玄、というありふれた絵面から、要領の得ない、どこかぎこちない雰囲気に変わる。
信玄も佐助から目線を逸らし、ため息をついた。
「スンマセン、大将。わざわざ来てもらったってのに」
ざ、と素早く佐助は頭を下げる。この辺の潔さは忍故だろうか。言葉も真剣である。
今回客人として信玄も招いている以上、当然と言えば当然だが。
「よい。顔を上げよ」
佐助が顔を上げた先は、子どもの悪戯を許してやろうか、というような顔だった。
「まったく、しょうがないやつじゃ」
状況とは裏腹に、信玄はからりと笑う。
この先の展開が読めている佐助は、あばたもえくぼとか言うんじゃないだろうな、と内心悪態をついたが。
「して、佐助! 昨今は戦もなく城下も平穏ではあるが、この通りの雨じゃ。 木佐にもしものことがないとも限らん」
「はいはい、わかってますよ。探しに行けって言うんでしょ」
ため息混じりに言い、佐助は立ち上がる。やはりこうなった。
佐助にとって、 木佐は確かにかわいい妹のような存在だが、どうにも騒動を起こしてしまう彼女には手を焼いていた。そして今日も。
彼女がいなくなってしまった時からわかっていた展開であり、佐助も心配していないわけではない。
「それはいいんですけど。……大将」
探しに行くこと自体に不満はない。
ただ、
「旦那にはこのこと……」
旦那と呼ぶ佐助直の上司。その人を思い浮かべては、気が重くなるのだ。
まさか、一緒に探しに行くなんて言おうものなら……
「おう! 幸村なら先ほど厠で会うてな! このことを話したら早々にすっ飛んで行きおったぞ!」
「ちょ、ええええええ!」
何故か嬉しそうに言う信玄に、佐助は絶叫した。
内密に、と告げようとした矢先、すでに知れていたなど。
「大将……先月の木佐家出事件の折、一人で探しに行った旦那が迷子になったことをお忘れですか……」
ちなみに木佐はその時すでに見つかっており、その後に佐助が探しに行く、という二度手間になった。
あの時の様子を安易に想像できた佐助は、信玄を恨めしそうな目で睨む。
「……うむ。そういえばそんなこともあったのう」
「あったのうって、あのねえ……」
がっくりうなだれた佐助を尻目に、遠い目であらぬ方向を見やる信玄。それはまるで、親離れしていく子を思うような。
「あぁもう! とにかく行ってきます!」
いつまでもここにいても仕方がない、と佐助は颯爽と部屋から飛び出していく。
「土産待っておるぞ!」
最後に届いた言葉は、無視することにした。
ざく、ざく、ざく、
足音は一つ。
雨音に紛れるように、土を踏む音。
周囲はどこか寒々しく、気温が低いというよりは、背筋が凍るような異様な空気。
時折吹く生暖かい風に触れた肌が、そのたびに緊張を生んで。
『雨の日の森の中は、気をつけなきゃダメだよ』
そんななんでもないような言葉が、脳内を反芻して離れない。
考えてはならない。
そう考えるたびに、次の言葉を思い出して。
『特に、一人の時は、いつの間にか後ろに……』
ひたすら前へ向かっていた足が、止まる。
研ぎ澄まされた耳は、しっかりと捕らえていた。
自らの足音に重なるように現れた、もう一つの足音を。
逡巡。
浮かぶのは、
『後ろに、幽霊が憑いて来ているよ』
同時に背後に現れた異様な気配。
ぞわ、と瞬時に毛が逆立った。
反射的に振り向いて―――
―――うぎゃああああぁぁぁぁぁっっ! しっ、しかってくだされぇぇぇええええ!
そして、唐突に巻き起こった悲鳴に、二人同時に顔を上げた。
「……旦那ってば、意外と近くにいるみたいじゃん。感心、感心。この分だと前みたいに探し回らなくても済みそうだ、っと」
一人は、満足そうに笑みを浮かべた佐助。
ざわりとなびいた木の上で、片手に持つ等身大の人形を持て余している。
「それにしても、よく出来てるねえ、コレ。もしかして最近城に遊びに来なかったのは、コレを作ってたから、とか?」
佐助は人形から手を放すが、それはぶらん、と宙に浮いた。
佐助が手を動かすたびに、人形は動く。少し大きすぎるが、あやつり人形だった。
精巧とはいえない人形で、職人が作ったものとはほど遠い。しかし、はっきりと目的を持っていることは丸わかりだ。
人形は、はっきり言って悪趣味だ。人型をしているが、気の動転した人間ならば幽霊に間違えてもしようがないほど。作り方の乱雑さが、またそれをあおっていた。
そして、それを作った当人は、もちろんこの場にいるもう一人。
佐助の言葉は相変わらず確信的だ、と顔をしかめている少女―――木佐。
無論、それが図星であるからこその反応なのだろうが。
「あ、壊さないでね、ソレ。もうちょっと改良して、今度はお館様に試すんだから」
「旦那で成功したからって……とりあえずその、してやった、っていう握りこぶしはしまいなさい」
仮にもあの人、城主なんだから、と佐助の言葉は続く。
木佐はといえば、そういえば、という面持ちで手をぱたぱたと振った。あまりにも城主らしくないその人を思い返してか、微笑む。
周りは雨で、汚れた土の中から生え出た木の根元に座っているというのに、 木佐はそれだけで笑顔になれる。
「―――で、何があったの、木佐?」
急に、しかもこんな日にいなくなったのに、木佐は笑顔だ。
だからきっと、またこの子は悩んでいるんだろう。
「佐助、やっぱりオカンみたいだよ」
「誰のせいだと思ってんの……」
「幸村」
「いや、当たりだけど……」
もはや言われ慣れた佐助は呆れ返るだけだった。佐助がオカンになってしまった理由に木佐自身も絡んでいないとは言い切れず、佐助はかなり釈然としていないが。
そんな冗談を挟んで、
「人って勝手な生き物よね」
木佐は言う。
「おかしな話だと思わない?」
人形を木に引っ掛け、佐助はしゃがみ込んだ。
木佐の悩みは、いつもどこか哲学のような、理屈の裏返しのようなもので、いつも返答に困る。
「人が勝手に決めた周期で私が生まれてからの周期を決めて、そのたびに誕生日だなんて。それに、誕生日にはみんなしてお祝いごと。気を使ったり物を贈ったり。それが嬉しくないわけじゃないけれど」
そして今日もやはり、
「誰も、私がここに存在した時間を折り返すことなんか出来ないはずなのに」
……返答に困る。
こういう時は、頭ではわかっているつもりだが、再認識させられる。
佐助自身が見ている世界と熱血上司が見ている世界はまったく違うだろうな、とは常に思うが、木佐とはまた別の世界がある、と。
忍の自分と、熱血上司、そして木佐姫の世界。
「……まぁ、誕生日なんてモンは形式だけのもので、一年に一度だけ、なんらかの形で祝ったり感謝したりしたかったんじゃないか、って月並みな意見もあるけど」
言いながら、自分でも月並みなことを言っていると思っていた。もしくは理屈。
そしてやはり、
木佐は動かなかった。
彼女が欲している答えは、もっと違う場所にある。
わかってはいるが、木佐の悩みを自分では解決できない。言葉だけならいくらでも渡せるが、そうではない。
仕方がないことだが、やはり物悲さがあった。忍が感慨を覚えてどうするよ、とも思うが、
まるでそれを許された身であるようなことを言う人物がいることに、苦笑した。
木佐を見つけてこの木に降りてから一度も見ずにいた光景を、見下ろす。
自分を誰よりも信頼してくれる上司の姿が、そこにあった。
「……木佐殿ー!」
勘を頼りに突き進んでいたが、珍しく正解だったようだ。
『“ゆ”の付く不吉なモノ』に遭遇したり、落とし穴に落ちたり、といろいろあったが、とにかく辿り着いた。
真田幸村は、 望月木佐の元に。
慌てて駆け寄ってみるが、木佐の側には傘一つ見当たらない。見れば、着物はすでに雨や泥で汚れていた。
「木佐殿! 無事か!? 泥だらけになっておるぞ!」
「幸村よりはマシだって」
口から飛び出た言葉だったが、木佐に指をさされて気が付く。比べれば、木佐よりも幸村の方が泥だらけだった。
そういえば驚いた拍子に転んだことが何度かあったな、と今さらながらに思い出した。
「俺はなんともない」
にこ、と幸村は笑って言う。実際、日常から信玄との親睦を深めているとこのぐらいの格好にはなるので、まったく気にすることがない。洗濯を頼む時に、いつもの小言を食らうかもしれないが。
「そっか。それは良かった」
ふわり、と微笑まれ、幸村は代わりに笑みが引っ込んだ。
「……何かあったのか?」
きょとん、とした顔の幸村と、同じ表情になった木佐。
幸村はすぐに真剣な表情になり、木佐を見つめる。木佐の笑みは、違和感をそのまま表した。
木佐は冷や汗を流し、目を泳がせ、しばし腕を組んで考えたと思ったら、舌を出して苦笑した。
話そうか迷っているのだろうが、すでに幸村は泥の上だろうがかまわず木佐の目の前で座り込んでいた。完全に聞く体制である。名高い武将が捨てられた姫にここまでするのは、幸村ぐらいではなかろうか。
さすがに木佐も観念して、幸村と同じように座る。……もっとも、幸村はあぐらで木佐は正座だが。
そのすぐ後に、口を開いた。
「……幸村は、生まれてから今までの記憶を全部覚えていることが出来ると思う?」
「?……どういうことだ?」
「えーっと、つまり……おやつ! 三時のおやつに何を食べたか、どれくらい前まで覚えていられる?」
「一週間ぐらい……であろうか」
「だよねぇ」
幸村が言われて思い出せたのは、本当に一週間前の大福まで。その前はほうとう、饅頭、羊羹、団子と続き、昨日は佐助不在のため抜きだった。実際、一週間も覚えていられればかなり記憶力は良い方だろうが。
そういえば今日のおやつはなんであろうか、とお土産を持った佐助の姿を思い浮かべたのだが、
「忘れちゃうのにね……」
その木佐の言葉が、妙に耳についた。
木佐はどこか遠くを見ているようで。
だからというわけではないけれど、
ずっと見ていた目の前の手のひら。
流れ落ちる水。
置いていかれてしまったことを、こんなにも強く思い出してしまったから。
だから、
「忘れないこともあるぞ」
当たり前のように言う幸村の言葉は、とてもありきたりだったけれど、
「俺がお館様に出会った時のことを、佐助に出会った時のことを、木佐殿に出会った時のことを、元服の時を、初陣の日を、そして、お館様が生まれた日と佐助が生まれた日と俺が生まれた日と、
木佐殿が生まれた日を」
見ていた昔の風景から、引き戻される。
幸村の存在は、とても近くて、
「……それは、毎年誕生日が来るから?」
「それもあるが、」
過去に捕らわれそうな心を、どうか、
「俺はいつでも、木佐殿が生まれてきてくれたことに感謝しているからな」
―――繋ぎとめて。
「だから、そう簡単には忘れんのだ」
そう言って笑う幸村は、私の悩みなんか知らないはずなのに。
幸村の言葉は、私の理屈をくつがえす力なんてないのに。
まあ、いっか。……なんて。
木佐自身にもわかるほど明確に、強張っていた顔が緩んでいく。
それは決して、幸村につられたからという理由だけじゃない。先ほどまで頭に張り付いて離れなかったことが、薄れていた証だった。
「……はっ!」
「え?」
それから唐突に、幸村は目を見開いて立ち上がった。
「わ、忘れていた!」
「何を」
やたら慌てた様子の幸村を、いつもの冷静な木佐が見上げた。
「勝負の最中だったのだ! お館様と佐助と俺の内、誰が先に迷子になっている木佐殿を城内まで送り届けられるか!」
「は?」
勝負。しかも内容が、迷子になっている木佐を城内へ。
まず木佐は迷子になった覚えはないし、その上どうして勝負なんてことになっているのか。
想像は付かないわけでもないが、木佐は念のため問いかける。
「……それ、誰が言い出したの?」
返ってきた答えは読み通り、
「お館様でござる!」
豪快に笑う姿が浮かぶあのお人。
はー……と木佐はため息をついた。
とても心の深い人で、きっと心配してくれているだろうとは思っていたが……
「こんな手で来るとは……」
ぽつり、とジト目で呟く。
「急いで帰らねば!」
一瞬にして信玄の腹を読んだ木佐だが、対して幸村は信玄の言ったことを心の底から信じきっている。
そして幸村は何より、勝負事が大好きなのだ。
ざ、と大きな手のひらが木佐の前に出された。
木佐の手を引いてくれるだろう、この手。
ずっと見ていた目の前の手のひら。
流れ落ちる水。残ったのは自分の手のひら。
いつ死ぬかもわからなかったあの頃とは違う。
これが例え嵐の前の静けさだったとしても。
今この手にあるのは、温かい手―――
その木佐の手を、真上から伸びた手がつかんだ。
「はれ?」
それはもちろん幸村の手ではなく、その手を辿った先には、
「木佐、いっただき~」
木の枝からぶら下がった佐助の姿が。
「佐助!?」
「さす……うぎゃあ!」
幸村が叫んだ瞬間、すでに木佐は佐助に抱きかかえられていた。
目の前の景色は、次々と流れていく。
「ちょ、私、こういうの苦手なんだって―――!」
木佐は見事なまでの早業で、真田忍隊長猿飛佐助に連れられてしまっていた。
遠くで幸村の声が聞こえていた。
理屈なんてものは、いくらでも立つ言い訳みたいなものだ。
だからこそ、佐助にとって理屈はそれほど役に立たない。
忍の仕事を深く問うことは、自滅に近いものだと佐助は知っていたから。
けれど、それが木佐にも相当するのかは別問題だ。
一族を根絶やしにされ、運命の間違いから生き残ってしまった姫が何を考えて生きているのか。
佐助が抱えるその木佐姫は、めまぐるしく変わる景色に目を回している。
木佐のその思いをわかるはずもないし、わかろうとしてはならない。佐助にとって、それは戒めのようなものだった。
さすがにそこまで関わることを、忍は許されていない、と。
話せば易々と許してしまいそうな上司には、決して言わないけれど。
とりあえずその熱血上司に追いつかれると厄介だが、さすがに少しかわいそうになったので佐助は足の速さを緩めた。実際今までいた場所は、城からそう離れていない距離だったので、後少し歩けば城へ着く。
「さ、佐助……」
叫びすぎて疲れたのか、木佐は息も絶え絶えに言う。
「いきなり出てきたってことは……あの嘘と勝負、佐助は知らなかったんじゃないの……?」
腰に手を回して抱えこんでいるため、木佐は無理矢理顔を上げて佐助の顔を見る形になる。少し恨めしそうな表情だ。
「ご名答。でも、こうなったら便乗するのも手かな~なんて」
「だからって私を抱えて疾走するのは止めてもらえる……?」
「まあまあ」
いつもの軽口を叩いて、佐助は歩く。
もちろん木佐が怖がるのはわかっていたが、佐助はあえてそれをした。それは佐助にとって、至極忍として当然でもっとも遠回しな気の使い方だったが、まだ腕の中に収まったままの木佐はそれを知ってか知らずか、佐助の名を呼んだ。
「……何?」
手も足もぶら下げたままなのに、器用に前を見ている木佐。
「佐助の言ったこと、なんとなく納得した」
何が、とは言わない。佐助はすでに理解している。
「だって、確かに誕生日だって銘打って、ここぞとばかりに感謝の気持ちを表したい……って気持ちはわかるもの」
そう言って、木佐は悪戯っぽく笑った。
その笑みは佐助に向けられていて、
「だから、ありがとうはとっておくわ、佐助。もちろん、幸村にも言わないけど」
そう。
彼女はやはり、自分と同じひねくれ者で、
だから自分はこの子にはどうしても甘くなってしまうんだろうな。
「照れなくてもいいのに~。ありがとうの抱擁はいつでも受付中―――痛っ!」
たとえ次の瞬間、肘撃ちが脇腹に直撃しても。
佐助と軽口を交わしながら歩けば、すぐに城の門へと辿り着いた。
すでに木佐は佐助の腕から解放されており、地を踏んで歩いていた。
「まぁなんにしても、今回の勝負は俺様の大勝利、ってことだよね」
後十数歩のところまで来て、佐助は言う。
もはや上機嫌で大得意になっている佐助を見て、木佐は首をかしげた。
「この勝負って、勝利者に褒美とかあるの? 特別恩賞とか?」
そもそもこの勝負は信玄様の嘘から始まったもので、元はただの木佐失踪事件。佐助は木佐の我儘と、言っちゃあ悪いが信玄の道楽に付き合わされただけであり、喜ぶ要因など見当たらない。
ならば、勝負の方に裏でもあるのだろうか、と木佐は言ったが、
「褒美ねえ……ないんじゃない?」
「は?」
存外な言葉に、木佐は間の抜けた声を出した。
それなのに何故、と疑問が降るが、
「佐助って、実は負けず嫌い?」
「いや、ていうよりは……」
それから佐助は、信玄と幸村の破天荒ぶりから自らに訪れる災難でも思い浮かべたのか、
「これで俺が勝てば、旦那と大将を大人しくさせる口実がいくつか思い浮かぶな、ってね……」
なんとも黒い笑みを浮かべた。
木佐は冷静にそれを見ながら、あの上司ありてこの部下あり、などと失礼なことを考えていたのだが。
そこに、
「甘い! 甘いぞ、佐助ぇぇぇええええ!」
耳をつんざくような大声。
もはや聞きなれたその声は、頭上から。
徐々に大きくなっていく空気の摩擦音。
見上げれば、信玄。
ずどぉぉぉん!
門前に、舞い降りた。
呆然とその様子を見やって、木佐はしばらくひきつった顔を元に戻すことは出来なかった。佐助のため息が聞こえる。
その間にも、信玄は豪快な笑い声を上げ、
「こうなることはわかっておったわ! だからこそ、儂が勝つために仕掛けた勝負じゃからな!」
「汚っ!」
卑怯極まりない発言に佐助は抗議するが、まったく悪びれた様子のない信玄には通じないようだ。信玄はいつの間にか木佐の隣まで来て、手を取っていた。
「さて、行こうぞ、木佐」
「へ! あ、えっと……」
そこでようやく我に返った木佐だが、信玄が木佐を連れて行く前に、
「抜け駆けは許しませぬぞ、お館様ぁぁぁああああ!」
もう一人、空から降ってきた。
こんなことができるのは、言わずと知れた幸村しかいない。、
「ちょ、旦那! さっきまであっちにいたでしょーがっ! なんで上からなわけ!?」
何かツッコむところがズレているような気がしたが、佐助のツッコミももっともなので木佐は黙っている。まずどうやってあんな上空に行ったかだろうよ。
「お館様の真似をしただけのこと! それよりも、この勝負! いかにお館様とて譲れませんぞ!」
「むう! よく言うた! だがこの勝負には、敗者に一つだけなんでも言うことを聞かせられるという褒美も兼ねておる! そもそも、儂に勝てると思っておるのか!」
「確かに某だけではお館様に敵うはずもない……だが! 某には佐助がいるでござる!」
「いや、俺手伝わないよ」
『何故だ!?』
「当たり前でしょーがっ! 今回は俺も選手なの! ていうかなんで二人してびっくりしてんのさ!」
始まった喧騒。三つ巴とはまさしくこのこと。
とりあえずまだ手は出ていないが、このままだと、いつ信玄がうちわを、幸村が団子の串を、佐助が円盤を持ち出すかわからない。
この騒動を収めるには、方法は一つしかない。
木佐は、急ぎ歩を進めた。
このままだと勝負のせいで三人の関係にひびが入ってしまうかも―――
そんな心配は微塵もせずに、
「勝者、決定―――!」
人差し指を立てた右腕を上げて、そう叫んだ。
さすがに三人ともの声が止む。
三人の視線が集まった人物―――木佐はただ、もう一度繰り返した。
「決・定」
にやりと笑った木佐が立っているのは、門の内側。
木佐は城内にいる。
「この場合、勝者は私ですよね、信玄様?」
木佐は自ら城内に戻った。 木佐の考えでは、もちろん勝者は木佐自身。
もちろん、木佐が一番気にしていた褒美がもらえるのは、木佐だ。
にやりと笑った木佐を見て、信玄はまた豪快に笑い、言った。
「これはしてやられたのう! 勝者は木佐じゃ!」
「やったっ!」
木佐は信玄からそう認められると、さっさと城内へと入っていった。
幸村がうなだれ、佐助はやれやれと肩をすくめた。
やっぱり人は勝手な生き物だ。
さっきまであんなに気が沈んでいたのに、今は楽しくてしょうがない。
だから、私は生きているのかもしれない。
でもそれは、やっぱりみんなのおかげであって、
ありがとう、と、
……言うのはやっぱまた今度にしよ。
―――その後、
騒動を起こしてしまったことを心の中で詫びて
「さー! 今日から毎日、私の誕生日のお祝いだ! みんな、私に楽させてくれー!」
『えええええええ!』
信玄にだけはこっそり、
「ありがとうございました、信玄様」
御礼を言った。
終。
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