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日記やら二次創作やら、つれづれと。
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(TOD2連載 key)

それはなんと皮肉な台本。
幻はすべてを託すものを求め、
 
無はこれより真実を刻む。
ただ一つの絆を手にして。



2.異界と寄り添う
 
 
「ェ……オ…?」
 
腕の中で少女が呟く。
意識が朦朧としているのか、彼女はうっすらとした目で僕を見、それから再び眠るように目を閉じた。
目立った外傷はない。
あどけない顔に、栗色の髪。何より見慣れない服装をして、似合わない長刀を持っている。
偶然見つけた、少女。
何故こんなところで倒れているのか。いったい何者なのか。
そんな疑問が、今は言葉にならない。
それよりも強い何かを、この少女は訴えている。
 
そう。
これは前にも一度、どこかで―――
 
「貴様らっ! ここで何をしている!?」
…突然の怒声に、思考が遮られる。
振り返れば、ただ腰に吊ってある剣と軽装の鎧を身につけた兵士がいた。
内心、舌打ちをする。
「まったく、どこから入ってきたんだ!?」
不審者を見つけたにもかかわらず、大股に近づいてくる兵士。
数秒をおかずに、僕は手を上げた。
このテのタイプは下手に逆らえば暴動に発展しかねない。面倒を起こすよりは捕まったフリでもした方が騒ぎにならずに済む、と踏んだ結果だった。
そして、おそらく―――
「とにかく、牢に入ってもらうぞ!……ほら! そこで寝てるのも連れてこい!」
少女と僕は仲間に見られている。
……見捨てることも出来るが、この場所に侵入した理由ぐらいは聞いておいてもいいだろう。
ここはダリルシェイド。
今では兵の管理下に置かれたこの屋敷が、僕にとってもっとも深い結びつきのある場所だった。
 
 
 
 
 
重々しく、まとわりつくような空気。
さすがは地下牢だと感心してしまうほど、そこは殺伐としていた。かたく扉は閉ざされ、静まり返った空間。
とりあえず、二つ折りにして干物のように抱えていた少女を下ろす。起きる気配はない。
この状況になっても起きないというのは、よほど図太い神経をしているからなのか、それとも別の要因からなのか。何にしても、まず話を聞かなければわからない。
…数秒睨み、
すやすやと眠る姿を見て、ため息をついた。
諦めて声をかけようとした、その時、
ガッ、ガッ、
扉が小刻みに振動する。どうやた古めかしい扉の鍵を開けているようだ。
今度は何か、と警戒するが、
錆びた音を立てて扉を開けたのは、先ほどとは違う兵士。すでに中にいる僕たちを見て、
「ほら、追加だ」
ぶっきらぼうにそう言い残し、引きずるように掴んでいた男たちを放り込む。すぐさま扉は閉められた。
男二人は床に転がり、鍵を閉める音が止むと、再び静寂が訪れる。
二人―――金髪の少年と銀髪の青年は、少女と同じように気を失っていた。こちらも目立った外傷はない。
少女の仲間か、別口か―――
面倒なことになった、とまたため息をついた。
 
 
 
 
 
 
「お、おいカイル! 頭でも打ったか!? ちょっと見せてみろ!」
「違うよロニ! オレさ、今すっごく幸せなんだ! だってさ、冒険が始まったんだよ!」
下から聞こえる無邪気な声。それは、目を覚ました男二人の会話だった。
この二人の正体がどうであれ、この狭い空間でいざこざが起これば間違いなく不利。思惑もわからずにいるのは危険と判断し、少女を連れて簡易のロフトスペースへ身を隠したのだが―――
必要なかったな、と鼻で笑う。
少年ははしゃぎ、青年もその気になったのか、冒険とやらの話が進んでいく。どうやら二人は、その『冒険』のせいで捕まったらしい。少女の話が出ないあたり、無関係と見えるが……
…いや、
「あの子が現われた瞬間、オレ思ったんだ! 冒険が始まったんだって! だってさ、レンズの中から出てきて、『英雄を探しているの』だよ!」
ぴく、と眉が跳ねる。
興奮した少年の口から、二人以外の人物が飛び出た。
それが、この少女なのかはわからない。
だが……気になるのは、レンズから出てきた、と言ったことだ。
視線を少女へ移す。
まさか……
少年の言葉は続く。
「ロニ、オレ旅に出るよ! 英雄になるための旅! 今はまだオレは英雄じゃないけど……そう、未来のオレなんだ!」
話はまるで絵空事。
「だから、あの子に会いに行こう!」
けれど、どこか少年に懐かしさを感じていた。
 
こいつ、まるで―――
 
黙って、かぶりを振る。
そんなわけがない。こんな感情を抱くことは許されない。
「お前、自分が英雄になれるなどと本気で思っているのか? だとしたら、おめでたいやつらだ」
嘲笑し、全てを振り切るように飛び降りた。
 
 
 
 
 
 
「ねえ、なんでオレが英雄になれないの!?」
金髪の少年―――カイルがくってかかる。
それを僕は鼻で笑った。
「簡単なことだ。英雄とは過去の功績に対して人々から送られる称号。自らなろうとするものではないし、ましてやなりたいと思ってなれるものではない」
「……ずいぶんとわかったような口を聞くじゃないか。まるで自分が英雄だとでも言いたげだな」
銀髪の青年―――ロニは即座に皮肉を述べる。カイルの決意を否定したことに、少なからず腹を立てたらしい。
しかし―――
「……僕自身は英雄じゃない。ただ、そう呼ばれる人物を、少なくとも四人知っている」
わずかに視線をそらし言う。
その意味には気付かず、ロニはニヤリと笑った。
「ははぁ~ん……俺たちなんざ、知ってるだけじゃない。そのうち二人とも知り合いだぜ。何せ、こいつの両親がそうだからな」
見返すような言葉に、僕は目を見開いた。
「……! そうか、あいつらの……」
思わずもれた言葉。
「へっへ~! 驚いて声も出ないって感じだな」
得意になっているロニを無視して、思考にふける。
思い出すのは、カイルと同じ髪色の男。無鉄砲で単純が代名詞だったが、それは息子にも受け継がれているらしい。
「そんなことよりロニ、速くクレスタに戻ろうよ! そうじゃないと冒険に……」
話を聞かないのと頑固さは母親譲りか。
 
何にしても―――
 
 
 
ずがどしゃっ!
 
 
 
「っうわわわわっ!」
いきなりの騒音に、カイルが飛び上がる。
「な……何?」
もちろん、僕もロニも目を丸くした。
木くずが音を立て、埃が舞い上がるその場所を、三人が凝視する。
続いて、さらに物が崩れる音が。
「いっ……たぁーー……」
奥から、とぎれとぎれに聞こえた声。
そこでようやく思い出す。
ものの見事に忘れていた少女が、上から降ってきたのだった。
 
 
 
 
 
 
牢内に放置してあったガラクタの山に落ちたため、特に怪我はなかったようだ。
少女を引っ張り上げ、適当に椅子になりそうなものを見つけ、とりあえず座らせる。
呆然と座り込む少女に、カイルは一気にまくしたてた。
「ねえねえ! 今、上から降って来たけどどーしたの? 名前は? やっぱり君も捕まったの!?」
……この様子だと、カイルと少女は初対面のようだ。カイルにはこの出会いも冒険のうちに含まれているのだろう。
それにしても、
「馬鹿者。一度に聞いても答えられるわけがないだろう」
「あ、そっか。ごめんごめん!」
カイルが誤魔化し笑いを浮かべる。反射的にか、少女の視線は僕の方へ。
目が合った、その途端、
 
「リ……!」
 
何かを言いかけて、口をつぐむ少女。
…確かに、倒れているのを見つけた時、目が合った。
が、この反応は……
「り……りりしい被りものですね」
「違う。」
即座に否定。
黒を基調とした服に紫のマント。素顔を隠すための仮面。……確かに、今の僕は周りから多少奇異に見えるかもしれないが……
とりあえず、反応からして倒れていた時のことは覚えていないようだ。…暢気なものだ、とは言葉にしない。少女の落下に関しては、非がないとも言いにくいところだ。
「え!? それ仮面だよね? もしかしてお面!?」
「お祭り気分か、僕は。」
……加えて、一瞬脳裏をよぎった、僕の正体を見破ったのではないか、という想いは杞憂だったという安堵もある。
見当違いのカイルを、僕が一蹴。
間髪入れず、ロニがカイルの頭を小突いた。
「このバカイル! それよりも女の子のことだろーが!」
……別にカイルを説教するわけではないらしい。
少女は急に話を戻され、びく、と肩を震わせた。
かまわず手を差し伸べるロニ。
「お嬢さん。可憐に咲くあなたがこんな場所にいるのはふさわしくない。僕とどこか安全な場所に、いや生涯の巣へと旅立と……」
「馬鹿なことをやってるんじゃない」
ため息まじりに吐き捨てる。
どうやらロニという男、カイルの兄貴分というよりも、ただの色ボケ男だったらしい。
不意に、少女がぽん、と手を打った。
「漫才師の方々ですか」
『違う。』
三人同時だった。
 
 
 
 
 
 
僕とカイル、ロニの一行が偶然出会っただけであると説明した後。
とりあえず聞いたのは“姫”という名前のみ。他は、共にここから出ながら、ということで保留となった。足手まといかも、と危惧した姫は、カイルの根拠のない自信に諭されていたが。
ただ、具体案のないカイルたちが、そう簡単に脱出できるわけがないのも当然。
固い扉を前に、カイル、ロニ、姫が悩んでいるところに僕が言う。
「ここから出たいのだろう? 僕にいい案がある」
「ホント!? なに、いい案って!?」
考えなしに食いつくカイルと、
「おいおい、こいつの言うことなんか信用すんなよ。顔を隠しているような輩だぜ?」
冷静というか卑屈というか、とにかく疑うロニ。
…そして、カイルたちをそっちのけで、持っている刀を見つめている姫。右手に持ったり左手に持ったり、正直扱いに困っているようにも見えた。
アクアヴェイルじゃあるまいし、刀を武器にしている人は珍しい。珍しいといえば、服もなのだが。
と、姫を気にしているうちに話がまとまったらしい。
「それじゃ教えてよ。え~っと……」
……どうやら僕の名前が知りたいらしい。
「……名前など僕にとっては無意味なものだ。お前たちの好きなように呼べばいい」
「じゃあ……ジューダス!」
ずいぶん唐突に出てきたが、理由を聞くのも面倒なのでやめる。
「で、ジューダスさんよ。こっからどーやって脱出するつもりだ?」
試すように僕の出方を待つロニ。
流れるように周囲を目で追えば、分厚い壁。小さな窓。
だが、そんなものは関係ない。
「簡単なことだ。出口から出ればいい」
三人が口を開く間もなく、僕は扉の前へ。
「下がっていろ。……ハァッ!」
息とともに剣を抜く。
 
ゴッ!
 
頑丈なはずの扉は、僕の一撃で崩れ去っていた。
「すげえ……!」
「うわあ……!」
カイルと姫が呆然と口を開けている。
「何をぼーっとしている? さっさと行くぞ」
カイルたちを無視して、牢の外へ。出口は右手を曲がって奥だが……
そう簡単に逃がしてはもらえないらしい。
「見張りか……」
「どうしよう……」
僕たちを捕まえた兵が、通路の真ん中で背を向けて立っている。気づかせないように通りすぎるのは不可能だ。
ならば……
「って、あれ? 姫は?」
カイルの声に振り向くと、確かに姫がいない。一番後ろにいると思っていたのだが……
「どこに……」
 
「うあすごい!」
 
ロニの言葉を遮るように、大きく声がした。
見れば、見張りのいる逆側、小部屋に展示してある資料に、姫が釘付けになっている。
「これ、神の眼の時のやつ!? あ、これはフィリアからもらったの!? こっちは……」
「待て待て落ち着け姫!」
あまりにも大声ではしゃぐ姫に、ロニが止めに入る。
「いいか? 俺たちは脱獄犯になるんだから、バレないように逃げなきゃなんないんだぞ?」
「わかってるわかってる! えっと……あっ! オベロン社のやつだ! すごいすごい!」
「わかってねえ……みたいだな……」
止まらない姫と、うなだれるロニ。
「あ、これはこれはーっ!」
「ひ、姫ーっ?」
二人を視界から外して、僕は懐からあるものを取り出した。
「これを使え、カイル」
「何これ?」
「ソーサラーリングという。レンズからエネルギーを引き出し、熱線と衝撃を打ち出すものだ。打つたびにレンズを消費するものの、これを使えば手の届かないスイッチを押せる。熱を利用して火を灯すことも可能だ。うまく使え」
「へえ~」
感心しながら受け取るカイル。ひっくり返したりしながら、感触を確かめている。
「でも、何に使うの?」
「ここはオベロン社総帥だったヒューゴの屋敷だ。オベロン社解体と同時に屋敷は接収され神殿に回収されたが、隠し通路はまだ残っているはずだ」
言いながら、周りを見渡す。
特殊なマークがある場所を打てば、隠し通路が見つかるはず。記憶は多少曖昧だが、
「確か……」
「ふっ!」
 
ズパッ!
 
……何か硬いものを斬ったような音が聞こえたのは、気のせいであってほしい。
「あっ、やっぱここ隠し通路だったんだー」
えらく引きつった顔で見てみれば、そこには暢気な顔で壁の穴をのぞきこんでいる姫の姿が。無論、その穴はもともとあったものではない。
「お…前は……」
「え、あ、大丈夫大丈夫。気づかれてないしね」
と、姫は言うが……
破壊した分の瓦礫が周辺に散らばり、その上壁の向こう側が丸見えになっている。
今はまだ見張りの兵士が気づいていないようだが、そういう問題ではない。
「馬鹿な真似をするな! だいたい……」
「まあまあいーじゃん! 隠し通路見つかったんだし!」
僕の言葉を遮り、姫に向けてガッツポーズをとるカイル。
無責任にも、すぐさま通路へと入っていってしまった。慌ててロニが続く。
残された僕と姫。
視線が、姫へ。
「う……ご、ごめん」
バツが悪そうに目をそらす姫。引きつった笑いで両手を上げている。
僕の態度は変わらず、
「謝るぐらいなら最初からやるな。迷惑だ」
「……ごめん」
今度は素直に頭を下げる。声質も下がっていた。
ああ、面倒だ。
姫を背に、さっさと隠し通路への穴をくぐる。
……ちゃんとついてきているのを確認して、口を開きかけた瞬間、
「おーい! 二人とも! 早く行こうよー!」
響いてきた声に、ため息をついた。
足を踏み出した先は、薄暗かった。
 
 
 
 
 
 
「暗ーっ……」
通路に続いていた梯子を降りると、そこには暗闇の世界が広がっていた。
地下通路。光が届かないのも当然だった。
「み、水……?」
戸惑った姫の声が聞こえる。
地下水路でもあるこの通路は、常時足もとに水が流れている。この分だと進むたびに水を蹴り、体力を奪われることになってしまう。
だが、脱出できない造りではないはず。
「この水路をたどっていけば地上にたどり着けるはずだ」
数年来の記憶を引っ張り出して言う。実際に来たことはないが、間違いないだろう。
「ホントにこの先が出口なのか? なんにも見えねえじゃねえか」
「慌てるな。燭台に火を灯せば先が見えるようになる」
と、ロニのぼやきに答えたが、この暗闇では見つけにくいことこの上ない。まずは目が慣れるのを待って……
「燭台、燭台……」
が、僕の意に反して動き始めたのが一名。
「おいおい。大丈夫なのか、姫?」
ウロウロしている姫に気付いたのか、ロニが声をかける。
「だーいじょうぶー。かつては猫目の姫と呼ばれたような気もするし……」
「へーっ! すごいんだ、姫って!」
「猫目の姫なんて聞いたことないぞ……?」
段々と目が慣れてきて、だいたい三人が何をやっているのかわかってきたが……
おぼつかない足取りで進む姫と、止めればいいものを、見守っているカイルとロニ。
確かに、姫は燭台の近くに行っているようだが……
「細かいことは気にしない気にしない……あ、ホラあったーってうわ!」
しゃべりながら燭台を指さした瞬間、姫がすっ転んだ。どうやら足もとの段差に気づいていなかったらしい。
「大丈夫!?」
「だ、だいじょび……たぶん」
慌てて駆け寄ったカイルが、ずぶ濡れの姫に手を伸ばす。
恥ずかしそうに手をとる姫。
心底呆れる風景だが、構っている暇はなさそうだ。
 
「……油断するな」
 
言うが早いか、僕は抜き身の態勢になる。
「え?」
「モンスターかっ!?」
ロニが叫んだ瞬間、現れたスライムが三匹。水場にはよく現れるモンスターだ。大して強いわけでもない。
「よし行くぜっ!」
早速飛び出していったのはカイル。
「一人で突っ込むなぁ!」
続いてロニが向かう。
「え、えーっと……」
状況を把握できていないのか、突っ立ったままの姫。
そんな三人にはかまわず、僕は戦闘を始めていた。
「行くぞ、飛連斬!」
スライムに二連撃を繰り出し、そのまま上空で無に還す。
もう一匹はカイルとロニが二人係で相手をしていた。
……しかし、いつの間にか三匹目が見当たらなくなっている。
身を隠しているのか、もしくは逃げたのか。ひとまず刃を収めようとして、ようやく三匹目が目に映った。
場所はまさに、姫のすぐ後ろ。
 
「ちっ!」
 
急ぎ晶術を唱え、それを放つ。
「喰らえ、ストーンザッパー!」
僕の声に応え、石片が飛び出す。それは弧を描いて、スライムに直撃していた。同時に姫のもとへ走り、とどめをさす。
カイルとロニがスライムを倒したのは、この時だった。
「ご、ごめんジューダス!」
慌てふためきながら謝る姫。
僕は黙って見返す。
…夜目が利くと自負するような人間が、雑魚モンスターに接近を許す。戦闘が始まったにもかかわらず、刀は抜かず手持無沙汰のまま。
武器を持ち、壁を粉砕するぐらいだから、と思っていたが―――
「……お前、戦闘経験はないのか?」
「………………自信ない……」
顔を強張らせて呟いた姫。足手まといと言っていた意味がわかった。
「ま……まぁまぁジューダス! とりあえず勝てたんだし! それに、姫が危なくなったらオレが助けるよ!」
自信満々に胸をたたくカイル。逆に不安を煽っている気がするが……
「……ま、なんとかなるんじゃねえか?」
と、ロニ。
確かに、ここにはそう強そうなモンスターもいなさそうだ。一人ぐらいなら護りながらでも戦えるだろう。
……手間ではあるが、ここを出るまでの間だ。
「カイル、早く灯りをつけろ」
「あ、うん」
すっかり慣れた目は、カイルが燭台に火を灯すところも見えていた。
ほのかな明かりが道を照らす。
水は、深さを増していた。
 
 
 
 
 
 
一行は、水路が一本道だったため、かなりスムーズに進んでいた。行く手を阻むはずの鉄格子はあっさり壊れ、道の途中の川もタンクを足場に進むことが出来た。途中、姫が何故かおもちゃ箱を発見したり、床が光っているなどとわけのわからないことを言ったりする以外は。
そして、ようやく外の光がさしこんでいる通路を見つけた。飾りのついた小さな木像が両脇に立ててある。
もうすぐ出口、というところで、
「うわ! なんだ、このネバネバしたのは!」
カイルが声を上げる。
出口周辺には、妙な色の粘膜が張り付いていた。
迂闊にも触ってしまったカイルの手には、かなり頑丈にそれが張り付いてしまっていた。無理矢理斬り離したのだが、粘膜全体の厚さに変化は見られない。
「これを手で取り払うのは無理だな……」
だからといって容易に斬れるものとも思えないが……
少し考えた後、
「……じゃあ、燃やすのは?」
姫が言う。
「どうやって燃やすんだ?」
「ソーサラーリングで」
こともなげに言うが、
「それは無理だな」
僕があっさり論破する。
「ソーサラーリングは導火線の役割ぐらいしか果たせない。焼き払うまでには至らないだろう」
なるほど、と考え込む姫。
その様子を見て、また突拍子もないことを言い出すんじゃないだろうか、と懸念する。
実は、道中でタンクを足場にしようと言ったのも姫だった。留め金を燃やしタンクを落下させたのだ。うまくいったから良かったものの、危ないことには変わりない。
……姫には、カイルとは違う危なっかしさを感じていた。
その姫が、今度は自分のポケットを漁っている。
…アヒルのおもちゃが入っていたような気がするが、見なかったことにしよう。
「あ、あった!」
声とともに、次は飾りの木像へ。
「よっ……と」
 
がこっ。
 
木像は、姫の手によって土台から切り離されていた。どうやら、来る途中おもちゃ箱から拾った石切り機を使ったらしい。
「なるほどな」
それで、姫のやろうとしていることがわかった。無茶なことばかり考えているわけでもないらしい。
「? どういうこと?」
「この木像を燃やして、一緒にネバネバも燃やしちゃおうってことだよー」
首をかしげるカイルに、木像を手渡しながら説明する姫。
「題して、すこやかなる脱出を試みる花王大作戦!」
……タンク落下のときも言っていたが、このわけのわからない作戦名は……
「なるほど! 英雄たるもの、脱出も華麗にしなくちゃね!」
何故か目を輝かせるカイルと、
「華麗かぁ~……? そもそも花王ってのは……」
「まぁまぁ。そこは気にしないで」
やはり適当だったのを見抜くロニ。
「じゃあ早速……」
「待てぇカイル! 今そこで燃やすなよ! ちゃんとあのネバネバが燃えるように木像を置いてからにしろ!」
カイルが木像を片手にソーサラーリングを構えたのを、慌ててロニが口をはさんだ。手に持ったまま火をつければ、当然危険だ。
「大丈夫だよロニ! だってホラ、あっちにもおんなじようなのあるし!」
「バ~カ。あれは汚れが暗くてそう見えるだけ……ってコラ! どこ行くつもりだ!? だーから人の話を最後まで聞けって、このバカカイルーっ!」
今度は言うだけ言って走っていったカイル。そして連れ戻しに行くロニを見て、さすがにこめかみが引き攣ってきていた。
「……カイル、テイク2でもいいんだ。英雄なのに。」
……ここにも見当違いの発言が。
…押し黙って、カイルの残した木像を手に取る。
粘膜が効率良く燃えそうな場所に配置し、意外と早く戻ってきたカイル、ロニにソーサラーリングを撃たせる。木像は良く燃え、粘膜を焼き払うことに成功した。
「やったー! これで出れるね!」
両手を上げて喜ぶカイルは、すぐさま先へ進もうとする。が、そのとき何か違和感があった。
そして、それはすぐに確信へと変わる。
「……待て、何かいるぞ! 気をつけろ!」
門番のように現れたモンスター・ヴァザーゴは、僕たちを敵をみなしたのか、こちらへ歩を進めていた。
 
 
 
 
 
 
―――あぁ、何が起こっているやら。
 
「姫っていうんだ、よろしくね!」
 
普通の家で育って、普通の学校に入って、普通の友達を持って、そうしてごくごく普通で平凡な暮らしをしていたはずの私が、
 
「オレはカイル! で、こっちはロニ!」
 
今やカイル、ロニ、極めつけにジューダスと並んで歩いているなんて、誰が信じるだろうか。
カイル、ロニ、ジューダスの三人といえば、ずいぶん前に苦労してクリアしたゲーム『デスティニー』の続編『デスティニー2』に登場する主メンバーのはず。
私はまだプレイしていないが、友達から聞いていた彼らの容姿が当てはまるあたり、すでに同姓同名では済まない。
しかも、ここがダリルシェイドだというのなら、決定的。
 
私は何故か、『デスティニー2』の世界に来てしまったらしい。
 
 
 
「それでさー、ロニってばきれいな女の人を見るたびにナンパでさ! この間、村に帰ってきたときなんか……」
「お前こそ珍しいもの見るたびに勝手に突っ走って、新種の植物だの人喰い植物だの……結局ただのペンペン草だったときはもう……」
「そ、その話はもうするなって言っただろ! 自分でもちょっと恥ずかしいんだから!」
カイルがロニの失敗談を話せば、今度はロニがカイルの失敗談を話す。
こんな調子の二人は、歩きにくい水路を進んでいるとは思えないほど楽しそうだ。
それとは逆に、ジューダスは時折ため息をつきながらも周囲に気を張り、モンスターへの警戒を欠かさない。
……正直、この状況でどうすればいいのか、わからないでいたりする。
突然『デスティニー2』の世界に来て、確かに三人に会えて嬉しいけど。
 
「……姫はあんまりしゃべんないね」
 
「えっ!?」
いつの間にか、カイルが至近距離にいる。思わず足を止めてしまうが、カイルはあまり気にしていないようだ。
「そ……そう? あ、ほら、カイルの旅の邪魔になるといけないし」
慌てながらも、なんとか答える。
すると、カイルはぶんぶん手を振って、
「邪魔になんてならないよ!」
嬉しいことを言ってくれる。
……なんだか照れくさい。
「それに、オレが姫に会ったのも運命かもしれないし!」
ぐっ、とガッツポーズをとるカイル。視線は明後日の方角へ。
……映画のキャッチコピー的なノリだろうか。
「―――そして少年は旅に出る。謎の扉、迫り来る敵! それらを乗り越えた先に待っていたものは……? 次回!……みたいな?」
「そうそう! そんな感じだよ、姫! まさしくオレの旅って感じ!」
「あのなぁ……それじゃただのペーパーバックみたいだろ」
さすがにツッコミを入れるロニだが、
「いーんだよ! オレの旅はそれぐらい劇的な方が!」
さっきよりも興奮しているカイル。
……相当茶化して言ったのだが、カイルには効果的だったようだ。
「ねえ姫! 今のヤツに女の子のことも入れてよ!」
「女の子?」
「レンズの中から出て来たんだ! 英雄を探してるって! 俺は将来英雄になるんだし、あの子にはきっと何かあるんだ!」
自信満々のカイル。心なしか目が輝いている気がする。
「もちろん、姫のこともね!」
「えっ!?」
思いがけない言葉に、再び声が出る。
レンズの中から出てきた女の子……というのはイベントとか重要人物とかだろうからいいと思うが、私は……
「いやいや! 私はたぶんドジな村人Aとかで……」
「いつまでしゃべっているつもりだ」
私の声を遮って、ジューダスから制止の声がかかる。
今までなんやかんやで進んできたが、周りの状況を見るに出口が近いようだ。
「よーし、行くぞーっ!」
「あ、おい!」
突っ走っていくカイルと、続くロニ。その後ろ姿を見ながら歩くジューダス。
……うん。やっぱり私は、いいとこあとでグミとかくれる村人だな、と思う。
なんせ、私は戦闘で役に立たない。
 
 
 
 
 
 
「喰らえ、蒼破刃!」
買いうが衝撃波と真空波を放ち、同時にロニが斧を振り下ろす。
「くっ……」
「ガードが固い!」
しかし、巨大蛇の硬い皮膚には攻撃が通りにくく、苦戦している。ジューダスが晶術でサポートしているものの、うまくいかない。
……と、冷静に分析している私だが、先ほどのようにみんなの足を引っ張るのはごめんなので、一応遠巻きに様子をうかがっているだけだったりする。
―――確かに、武器はある。
手には、長大な刀。
元の世界で最後に触った刀。紐のほどき方がわからないので抜くことはできないけれど……
そもそも、この刀。
触れた瞬間視界に光があふれた。となると、やはりこの世界に来た原因、ということになるんだろうか……
……は、と思考にふけっていたことに気付く。
直接の戦力にはなれないけれど、なにかしらできないだろうか。黙って見ているだけ、というのはいくらなんでも情けない。
……それに。
ギン!
「うわっ!」
硬い音とともに、カイルの剣がはじかれる。大きく体勢を崩したカイルを慌ててロニが引っ張り、巨大蛇の一撃をジューダスが迎え撃っていた。
再びカイルが前へ出るが、攻撃の呼吸が合わず、サポートも手いっぱいという感じだ。
…正直、危なっかしい。
今にもケガをしそうだと思った、その時、
カイルの一撃が、そっくり横に流された。
詠唱中のジューダス。気付くのが一瞬遅れたロニ。
 
「しまっ……!」
 
巨大蛇はカイルに向かって振りかぶり―――
 
ぞンッ!
 
巨大蛇の腕は吹っ飛んでいた。
やったのは―――……私。
 
……え。わ、私?
 
突然の斬撃に動揺したのか、一瞬巨大蛇の動きが止まる。
「シャドウエッジ!」
「でりゃあっ!」
すかさずジューダスが晶術で地面から闇の刃を打ち出し、そこにロニがとどめをさす。
 
ガごんっ!
 
次の瞬間、巨大蛇は真っ二つに両断されていた。
「ふぅ……」
思わず安堵のため息が出る。
この時、私が思っていたことは一つ。
 
 
 
け、剣道やってて良かったー!
 
 
 
本気で死ぬかと思った私だった。
カイルを助けなければ、と思った瞬間にはもう体が動いていた。これはやはり、剣道で身に着いた反射神経なのだろう。
……あと、紐はなんやかんやとれました。かた結びじゃなかったらしい。
「ありがとう、姫!」
棒立ちのままの私に、笑顔で駆け寄ってくるカイル。
無事なカイルの姿に安心して。
そこでいきなり足がもつれる。
「うひゃっ!?」
 
ばしゃーん!
 
二度目の水上転倒を果たした私。
「だ、大丈夫!?」
「は、はは……」
……でも、ある意味平常心に戻ったかもしれない。
後から来た震えが、おさまっていく。
「これぞ、天然ウォータースライダーの恐怖……!」
「そんな勢いよくないってー!」
私のわざとらしい言い方に、カイルはからからと笑う。つられて私も声を出した。
そこに、
「……おい」
若干怒気をはらんだ声が後ろから。
……えーっと。
振り返ると、足だけでなく仮面まで水が飛び跳ねたジューダスが。
これはもしかしなくても、ウォータースライダーの余波……かな。
「ははっ! いーじゃねーか! 水もしたたるいい男って感じだぜ、ジューダス!」
からかうロニ。ひゃっ、と体が跳ねた。
案の定、ジューダスは目の角を立てている。
「……付き合ってられんな」
言い訳をする暇もくれず、ジューダスは出口へ向かってしまった。もちろん、心底呆れた顔をして。
「………」
後に残る、なんだか気まずい雰囲気。
…素っ気ないというか、相手にされてないというか。
後を追えないでいる私の頭に、ふと何かが乗っかる。
「気にすんな」
「……ロニ」
見上げれば、真剣な表情のロニ。視線は遠く。
でも、頭の上の手は暖かい。
「助太刀サンキュ」
笑顔で続ける。
……なんだかちょっと照れる、ので、
「ファイアーバーストアタック!」
「うおっ!?」
しゃがみながらロニを後ろに回り、刀を真横に振る。それはちょうどロニのひざ裏にあたり、通称ひざかっくんが決まった。
「どのへんがファイアー!?」
ロニの抗議は無視。待っていてくれたカイルと何故かハイタッチして、出口へ向かう。
薄暗い水路を道から、オレンジの光が漏れる外へ。
 
 
 
 
 
「くぁ~っ!」
大きく伸びをするカイルの横で、夕焼けの空を拝む。
深呼吸を一度して。
やっぱり空は変わらない。元の世界と一緒だ。
「しかし、思ったより時間がかかったな。まったく、僕一人ならもっと早く出られたものを……」
腕を組みながら言うジューダス。
「はいはい、言ってろよ。ったく……」
答えたのは、一番遅く出てきたロニ。
歩くたびに水音が明らかに大きく、こっそり舌を出した。そんな私に、
がしっ!
再び頭の上に手を置いたロニ。しかも、今度はものすごく力が強かったりする……
「あんなヤツほっといて、さっさと帰ろうぜ」
「あ、うん」
ロニはジューダスとは別に、このまま別れる雰囲気を出している。
こ、これは、私も別れるべきではないだろうか……
内心焦っているのだが、いかんせん頭をロニにつかまれたまま。
ど、どうすれば……
そうこうしているうちに、カイルはジューダスのもとへ。
その様子を、ロニと遠巻きに見る。
「……どうした? 早く戻って旅に出るんじゃなかったのか?」
「ジューダス、ホントありがとう!」
「別に、礼を言われる筋合いはない」
「それでも、ありがとう。ホントに助かったよ!」
……と、一連の会話。
それきり黙ってしまったジューダスだが。
これはもしかして、と思うのだが、見上げてみるとロニはあまり良い顔をしていない。
……えーと。
「照れ隠し、照れ隠し」
小さな声で言うと、ロニは私と目を合わせた。
「ジューダスがぁ?」
思いっきり眉をひそめ、心底意外そうな顔をするロニ。その声はあまりに大きく、カイルたちにも届いてしまったらしい。
ギロ、とジューダスがこちらを睨んだのがわかる。
「……ふん。英雄になりたければ精々がんばることだ。それと、少しは落ち着きというものを知るんだな」
…………え?
英雄のくだりはカイルに言ったもの。が、後半のは明らかに視線が私に向けられていたところをみると……
「じゃあな」
反論する暇も与えず、ジューダスは去っていってしまった。
取り残される三人。
「……なんかさ、ジューダスって不思議だよね」
と、カイル。
「不思議ィ? ああいうのは不思議じゃなくて『ヘン』っていうんだよ」
「言いすぎだよロニ。ジューダスはいい人だよ。自分一人でも脱出できたのに、オレたちを連れ出してくれたりさ。それに今だって、オレを励ましてくれたし!」
「あのな、カイル。あれは……」
「フレイムバーニングアタック!」
ロニの言葉を遮り、私は言う。同時に刀で足払いをかけた。
『ぅおおっ!?』
上がった二人分の悲鳴。
そんなことより。
 
 
 
『少しは落ち着きというものを知るんだな』
 
 
 
ジューダスの言葉がリフレインされる。
ジューダスは、ジューダスは……
 
 
 
「ヤなヤツ!」
 
 
 
「へ?」
瞬間、私はそう叫んでいた。








続。
 
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プロフィール
HN:
一ノ瀬未来。群青。軍事用。どれでも可です。
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趣味:
おっとっとを食べる。
自己紹介:
最近いつもに増してぐだぐだになってまいりました。gdgdって略はけっこう好きだがwktkはいかんとか思ってしまう。
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